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浦和地方裁判所 平成6年(行ウ)19号 判決 1996年3月25日

原告

保泉一治

侭田義一

横田隆吉

大野勝

宮島良雄

岩澤幸一

原告ら訴訟代理人弁護士

川合善明

被告

埼玉県知事

土屋義彦

右指定代理人

伊藤一夫

外九名

主文

一  本件訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が別紙目録記載の各土地につき平成元年一月二〇日ころにした各用途廃止処分は無効であることを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告の答弁

1  本案前の答弁

主文同旨。

2  本案についての答弁

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告らは、埼玉県比企郡滑川町(以下、「滑川町」という。)大字中尾地区、同水房地区(以下、「中尾地区」「水房地区」という。)において、水田を所有し、耕作している。

(二) 被告は、建設大臣から、同省所管の国有財産の管理及び処分に関する事務を委任されている。

2  事実経過

(一) 別紙物件目録記載の各土地(以下、「本件土地」という。)上には、複数の溜池(以下、「本件溜池」という。)があり、それら溜池の貯留水は、下流域である中尾及び水房地区に流れている。

(二) 中尾及び水房地区の水田の所有者らは、古来から本件溜池の貯留水を水田耕作用の灌漑用水として利用し、世襲の管理人を中心に、溜池周辺の整備、池底の堆積物の浚泄、堤の改修、通水路の埋設等の管理を行い、その結果、(1)本件溜池に貯留された灌漑用水を支配、用益及び処分すること、(2)本件溜池の周辺に立ち入り、水田の灌漑に適合した溜池機能の維持管理に必要な行為をすることを内容とする慣習法上の物権たる水利権を取得した。原告らは、それぞれ中尾・水房地区にある水田の所有権を相続により承継するとともに、右水利権を承継取得した。

(三) 本件土地は、建設省所管の法定外公共用財産たる国有財産であったところ、西武鉄道株式会社(以下、「西武鉄道」という。)は、本件土地を含む滑川町西部地域にゴルフ場を設置することを計画し、昭和六三年八月三日、被告に対し、本件土地につき溜池及び水路敷たる公共用財産としての用途を廃止するよう申請した。

そこで、被告は、昭和六三年一〇月二八日、建設大臣に対し本件土地の用途廃止につき承認申請をし、平成元年一月一九日付けで右の承認を受けたので、同月二〇日ころ、本件土地について公共用財産としての用途を廃止した(以下、「本件用途廃止」という。)。これに伴い、本件土地は、同月二六日、普通財産として大蔵省関東財務局に引き継がれた。

(四) 西武鉄道は、平成元年ころ、本件土地においてゴルフ場造成工事に着工し、平成二年五月二五日、本件土地の所有権を売買により国から取得した。

その結果、本件溜池の一部は、右工事の進展とともに埋め立てられ、また、本件溜池の周囲にフェンスが設置されるなど、原告らが管理をするために本件溜池に立ち入ることも困難になった。

3  処分無効の理由

原告らは、前記のとおり本件溜池につき利害関係を有するところ、本件溜池に係る水利権を放棄し或いはその消滅に同意したことはない。したがって、本件用途廃止の手続には、利害関係者の同意を欠くという明白かつ重大な瑕疵があるから、本件用途廃止は無効である。

ちなみに、小澤義次、吉野喜一及び江森七郎は、昭和六二年一二月、中尾地区、水房地区及び滑川町大字伊古地区(以下、「伊古地区」という。)の各地区対策委員長の肩書で、本件用途廃止に同意する旨の書面を作成し、被告に提出したが、右各地区対策委員会は、その組織、規約、役員選出方法、権限がいずれも不明確であるうえ、右三名が各地区対策委員長に選任された経緯も判然とせず、しかも、前記各地区でそれぞれ数度開かれた集会では、前記ゴルフ場開発計画の概要と本件溜池に対する影響について説明がなされただけで、本件土地につき用途廃止手続が採られることや本件土地を西武鉄道が取得する予定であることについては説明がなかった。したがって、右同意書が提出されたからといって、原告らが本件用途廃止に同意したとはいえない。

なお、中尾地区においては、昭和五八年から団体営土地改良事業が行われており、中尾地区土地改良区も本件用途廃止の利害関係者に当たるが、右改良区も、本件用途廃止に同意していない。

4  よって、原告は、本件用途廃止が無効であることの確認を求める。

二  被告の本案前の主張

1  本件用途廃止には処分性がない。

行政事件訴訟法(以下、「法」という。)第三条第四項の無効確認の訴えの対象となる処分は、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものである。

公共用財産の用途廃止は、特定財産について一定の用途で直接公共の用に供することを廃止することであって、公共用財産(行政財産)を普通財産として扱うという国の内部的意思決定にすぎない(国有財産法第三条参照)。本件用途廃止も、本件土地について広義の河川の一形態である溜池という用途で直接公共の用に供することを廃止したものにすぎず、本件用途廃止自体によって本件土地上に成立した権利が影響を受けることはない。

したがって、本件用途廃止は、これによって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定するものではないから、無効確認の訴えの対象となる処分には当たらない。

2  原告らは、本件訴えにつき原告適格を有しない。

公共用財産は、その管理者がこれを公共の用に供していることから、一般公衆は、これを利用する自由を享受するが、その目的は、公共の利益のためであって、特定個人の具体的利益を保護するためではないから、一般公衆が公共用財産の利用によって何らかの利益を得ているとしても、それは公共用財産の一般使用が認められていることによる反射的利益にすぎない。したがって、公共用物の利用によって個人が特定の権利又は法律上の利益を取得することはできないから、公共用物の用途廃止自体によって法律上の利益を侵害される者は、そもそも存在しない。

また、仮に、原告らが本件土地につき慣習法上の物権たる水利権を取得したとしても、右水利権は、本件土地の用途廃止によって影響を受けず、用途廃止後に本件土地が第三者に払い下げられても、その影響を受けない。

したがって、原告らは、本件用途廃止の無効確認を求める法律上の利益を有しないものであって、本訴につき原告適格を有しない。

なお、原告らは、本件用途廃止による事実上の不利益すらも被っていない。西武鉄道は、本件用途廃止の前後を通じ、滑川町長等の関係者との間において、本件溜池につき従前とおりの水利権を保障し、溜池の機能を確保すること等を確認したので、本件用途廃止後も、原告らの主張する農業用水は従前とおり確保され、またその水利権が妨げられることはない。

3  本訴においては、法第三六条後段の要件が存しない。

原告らがその主張するように本件溜池につき慣習法上の物権たる水利権を有するものとすれば、右水利権は本件用途廃止があっても消滅しないから、右水利権の実現を妨げる行為が行われ又はその虞れが生じた場合、原告らは、右水利権に基づく物権的請求権としての妨害排除請求権又は妨害予防請求権を行使することができる。したがって、原告らは、無効確認訴訟によらなくても、このような現在の法律関係の訴えによって本件溜池に係る水利権を確保・実現するという目的を達成できるから、本件訴えは、法三六条にいう「当該処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達成することができないもの」に当たらない。

三  本案前の主張に対する原告らの反論

1  本件用途廃止の処分性について

公共用財産の用途廃止は、その対象財産の法的性質を行政財産から普通財産に変えるものである。そして、普通財産になれば、当該財産は、原則として私有財産と同様の法律関係に服し、処分や使用関係の変更が可能となるから、当該公共用財産から個別性の強い具体的利益を得ている者がある場合には、財産としての法的性質の変化そのものが、その者の利益享受を危険にさらすものである。

本件土地においても、その法的性質に右のような変化が生じると、原告らの有する水利権は、法律上又は事実上の制約を受ける危険にさらされる。すなわち、右水利権の内容には、単に本件溜池の貯留水を使用とするというだけでなく、底さらい(浚渫)、堤の改修、通水路の埋設等の管理をして溜池の灌漑機能を維持させることも含まれるから、仮に本件土地が私人の意思によって処分されたり使用関係を変更されることが可能になると、原告らが十全に右水利権を行使することができなくなる虞れが生じる。したがって、本件のように公共用財産の上に私人の権利関係が成立している場合においては、用途廃止に抗告訴訟の対象となる処分性を肯定すべきである。

また、用途廃止は、用途廃止された財産を処分する前提(手段)として行われる行為であり、公共用財産の処分と密接不可分の関係にあることからも、用途廃止が水利権者の利益あるいは水利権そのものに影響を与えることは明らかである。

溜池等の用途廃止については、建設大臣官房会計課長通知や、建設省所管国有財産取扱規則の申請書標準書式などにおいて、用途廃止の申請に当たっては、利害関係者の同意書を徴することと定められている。右事実は、用途廃止により権利又は法律上の利益に影響を受ける者が存在すること、換言すれば、用途廃止が、国民の権利又は法律上の利益に影響を及ぼす場合があることを国が認めていることに外ならない。

2  原告適格について

前記のとおり、原告らは本件溜池について、単なる反射的利益ではなく、慣習法上の物権たる水利権を有しており、本件用途廃止は右水利権に影響を及ぼすから、原告らが本件用途廃止の無効確認を求める法律上の利益を有することは明らかである。

3  法第三六条後段の要件について

本件紛争解決の目的は、原告らが本件溜池について有する水利権を十全に行使することにある。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、(一)は不知であり、(二)は認める。

2(一)  同2(一)の事実は知らない。

(二)  同2(二)の事実のうち、中尾及び水房地区の水田の所有者らが古来から原告ら主張のような管理を行ってきたことは不知であり、その余は争う。

(三)  同2(三)の事実は認める。

(四)  同2(四)の事実のうち、西武鉄道が平成二年五月二五日に本件土地の所有権を売買により国から取得したことは認めるが、その余の事実は知らない。

3  同3の事実中、本件溜池に係る水利権を原告らが放棄し或いはその消滅に同意した事実がないこと及び江森七郎、小澤義次及び吉野喜一が本件用途廃止に同意する旨の書面を作成して被告に提出したことは認め、その余の事実は不知であり、法的主張は争う。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録欄に記載のとおりである。

理由

一  本件訴えの適否について

1  本件用途廃止の処分性について

本件土地がもと建設省所管の法定外公共用財産であり、被告は建設大臣から本件土地の管理及び処分に関する事務を委任されていたところ、平成元年一月二〇日ころ本件用途廃止をしたことは、当事者間に争いがない。そして、国有財産法第九条第三項、建設省所管国有財産取扱規則第三条及び第一七条等に照らすと、本件用途廃止は行政庁の公権力の行使に当たる行為ということができ、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第七号証、成立に争いのない甲第八号証の一、二によれば、原告らは本件溜池の貯流水をその水田の潅漑のために利用してきたことが認められるから、このような場合においては、本件用途廃止は、無効確認訴訟の対象としての処分に当たると解される。

2  原告適格について

(一)  一般に公共用物は、何人も他人の共同利用を妨げない限度で、その用法に従い自由に利用することができるところ、右利用の利益は、公物が一般公衆の用に供されていることによる反射的利益にすぎないから、その利用者であるというだけでは、公共用物の廃止処分の無効確認訴訟における原告適格を有するものではない。しかしながら、公共用物であっても、特定地域の住民に強い個別的、具体的利益をもたらしているような場合においては、これら住民は当該公共用物に関して個別具体的な生活上の利益を有するものであるから、その用途廃止によって生活上著しい支障が生ずるような特段の場合には、右利用の利益を法的に保護された利益と解することができる。

(二)  原告らは、前記のように本件溜池の貯流水をその水田の潅漑のために利用しており、また原告らは本件溜池につき慣習法上の水利権を有すると主張するところ、本件土地が本件用途廃止に伴い、平成元年一月二六日に普通財産として大蔵省関東財務局に引き継がれ、平成二年五月二五日に国から西武鉄道に所有権が移転されたことは、当事者間に争いがない。しかしながら、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第二号証、第四号証の二及び三によれば、西武鉄道は、昭和六三年六月二〇日に滑川町伊古地区、同町中尾地区、同町水房地区各対策委員長に対し、ゴルフコースの造成事業計画区域内の溜池より供されていた農業用水は、開発後溜池及び調整池により従前以上の貯水容量を確保することを確認し、平成五年一二月二八日に水房地区、水房地区世話人及び滑川町との間で、平成六年五月一八日に中尾地区及び滑川町との間でそれぞれ協定書を作成し、ゴルフ場内の溜池(沼)の水利権については、右各地区に対し従前と全く変わりないことを保証するとともに、溜池(沼)の機能を確保することに努め、水利権行使については慣行水利権を遵守し、これを侵さないものとすることを約束したことが認められる。

そうすると、本件用途廃止後においても、本件土地の所有者となった西武鉄道により、本件溜池の水利権は従前と変わりないことが保証され、その貯水量も従前とおり維持されることとされているのであり、またそもそも原告らが物権としての水利権を有するとすれば、その妨害が生じたとしても、これに対し、水利権から発生する権能として妨害排除請求権を行使することができるから、本件用途廃止によって原告らの生活上著しい支障が生ずるような特段の事情があるということはできない。

なお、原告らは、本件溜池の一部が埋め立てられ、本件溜池の周囲にフェンスが設置されるなど原告らが管理をするために本件溜池に立ち入ることも困難になったと主張するけれども、仮に右主張にかかる事実があるとしても、これによっては、未だ原告らの生活上著しい支障が生ずるような特段の事情があるということはできない。

したがって、原告らは、本件用途廃止の無効確認を求めるにつき法律上の利益を有しないものであって、本訴につき原告適格を欠くものである。

二  よって、原告らの本訴は、いずれも訴訟要件を欠き不適法であるから、その余の点を判断するまでもなく、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大喜多啓光 裁判官髙橋祥子 裁判官笠松知恵子)

別紙物件目録<省略>

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